前回は増田章氏の自叙伝について書いたので、今回は盧山初雄氏について書こうと思います。

このかたは、漫画『空手バカ一代』にも登場したことによって、更に有名になったことは間違いないでしょう。

このかたは、現在「極真館」館長をしておられます。

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   盧山初雄



その『空手バカ一代』はもちろん、氏の自叙伝を読むことでも、偉大さがわかる気がします。

彼が、要点を置いているのはやはり健全な精神のはぐくみでしょう。

これまで、ご自身が極真会館の埼玉県の支部長になってからの25年以上のノウハウの蓄積をもって、それに取り組んできたのですね。

数多くの不良少年を預かり、更生させてきたのです。

その教育ノウハウによれば、その不良少年は問題がその少年だけでなく、その親にもあることを看過していたのです。

これは慧眼ものですね。

ゆえに少年にもならず、親の教育までも施してきたようです。

親にも空手をしてもらうのだそうです。

その際に「強くならなくてもいいから、自分が必死になって体を動かしているところを見せればいい」ということですね。

そういうことをすることで、子供はそういう親を見て、改心するのだそうですね。

やはり弱い人というのは、前にも書いたように、自分を強く見せようとするあまり、人とくに子供を貶して育てる、あるいは命令をして従わせようとする。

それによって、子供は親に対して否定的な気持ちを持つようになり、人が信じれなくなってぐれたり、反社会的なことをするのですね。


やはり親に心に問題があるのですね。

そこに問題の根本がある気がしますね。

そんな親子関係ゆえに、親子の関係が悪くなる…これは必然ですね。

前々からいじめはどの時代にもあったことは確かですね。

しかし、昨今は陰湿ないじめがはびこり、子供を巻き込む凶悪事件が多発しているのです。

その場合でも盧山館長は更生させてきたといいます。

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よからぬことをした場合には叱り、良いことをした場合には褒める、これだけで核心めいた方法になるようです。

まさにその事が大事なのですね。

それは親子関係のみならず、社会にでてもどの職場でも一緒でしょう。

褒められていい気分がしない人はまずいないですね。

でもたまに、こちらが褒めても、向こうは貶すことしかしない奴はいますが、そういう奴は無視か中段蹴りを叩き込むのがいいでしょう(笑)

その蹴りは、いつも磨いてなくてはならないですね。

その空手のモラルは、磨くことで日常生活においてしないことを学ぶということですね。

ただ単なる威力をつけるだけでは殺人拳であるということです。

しかし、自分が実際に稽古内で、突き蹴るだけでなく、突かれる蹴られることで、相手の痛みを知るということです。

それが殺人拳ではなく、活人拳であるというのですね。

それこそが空手の本道であるというのはうなづけます。

しかし、盧山館長は極真空手の前身である『大山道場』からの古株ですが、その大山道場には、他流派の黒帯が道場破りが来ても、大山道場の緑帯が伸ばしてしまうほどであったということですね。

いかに当時の人が修練を積んでいたかということがわかりますね。

それほどの修練を積んでいると自信をもって言える人がどれだけいるだろうかとおもいますね。

盧山館長いわく、大山道場の稽古は他の流派とは量からして違っていたということです。

大山倍達総裁が壇上に立って指導し、総裁がやめるまで永遠と続いていたようです。

大山倍達
  大山総裁


時に3時間だったり5時間だったりと、ものすごい時間やっていたようですね。

その長い非合理な稽古時間によって、精神力が備わったということですね。

昨今は、ウェイトトレーニングばかりが横行していて、重いものを持ち上げることでバルクアップを図ることはできる。

しかし、長い時間をこなすことで、物事を深く掘り下げることをしなくなり、いつしか手っ取り早く力を得ようという気風が全体的にみなぎってしまったということを盧山館長は嘆いておられるのです。


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サンプレイジムの宮畑会長は盧山館長と親交を深めている人ですが、宮畑会長もそのことを嘆いているのだそうです。

そんな気風がみなぎっているがゆえに、空手に入ってもすぐに辞めてしまう人が多いということも悩みであるでしょう。

そのようにならないように、空手をやっている人のだれもが、短時日で辞めないように諭す、そればかりでなく、非合理に時間を費やして頑張る姿を見せないといけませんね。

やはり、この本もさることながら、幾多の伝え聞きを総合して結論を出すに、盧山館長は人格的にも素晴らしい人間であることは間違いないです。

周知のように極真は95年に分裂してしまいました。

松井派の最高顧問だった盧山初雄氏は、反松井派の人間たちと一緒になれるように奮闘してきました。

しかしそれは叶わなかったですが…。

それに、盧山館長は1975年の世界大会に出る前の山籠もり修行の際に、西田支部長とともに過ごして訓練をしたのです。

その西田支部長は、残念ながら反松井派にいってしまったのです。

それでも盧山氏は、大山総裁「私の死後は松井を頼む」という遺言通り、西田氏が反体制に行っても松井氏を盛り立ててきたのです。

そういったことを鑑みれば、盧山氏と永遠に一緒にやっていこうという気に私ならなるのですが…。

こんなにも非常に松井氏を盛り立ててきたにもかかわらず、2002年盧山氏は松井氏の一存で除名にされるのです。

その理由は、意見が合わなかったということです。

人が良いことをしたら褒めるけれども、その試練の際にはとことん厳しい盧山氏とは相いれない考えの持ち主であったのが松井氏だったのですね。

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        松井章圭


そんな考えは現代には合わないということです。

送だろうかと私はいぶかし気に思いましたし、今でもそうです。

その相いれない盧山氏がどうも憎かったがゆえに、自分の一存だけで除名にしたのです。

私ならそういう人間がいたら、相手の意見を受け入れながら譲歩して、運営をしていくと思いますし、これまで除名になどしたことはありません。

相手が自分のことに従えないならば、クビあるいは除名にする。

これはまさしくサイコパスという人格に他ならないですね。

こういうサイコパスゆえに、いつまで経っても社員が1人しかいない会社の社長を知っています。

それでもその社長は、そのことで悩んでいる気配が全くないのですね。

それと同様に松井氏は、人が自分から離れていったことについて悩んでいるようには全く見えないのです。

まさしくサイコパスですね。

そのような組織の長がいると、その組織は崩壊するのは目に見えています。

2002年に盧山氏が除名になった報を聞いたときには、私は信じれなくてあっけにとられたのを覚えています。

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それによって兄弟以上の契りを交わしていた廣重毅氏も脱退し一緒に極真館を設立しました。

これで松井派の重鎮がいなくなった。

それまで松井派の世界大会の監督は、廣重師範が務めていた。

しかしこの脱退で、後には中村誠師範が務めた。

その中村師範すらも松井氏の一存で除名になった。

またその後、幾多の重鎮がいなくなってしまったがゆえに、もう松井派はボロボロの状態なのだ。


盧山館長は松井派の人間だったときに西ロシアの管轄であったので、除名された後、その西ロシアの強豪であったセルゲイ.オシポフも極真館に行ってしまったのです。

のみならず同じ西ロシアの強豪であったアレキサンダー.ピチュクノフ新極真会に行ってしまったのです。

これもまた松井派の魅力のなさがうかがわれますね。

まったくもって松井氏は誤った決断を下したとしか言いようがない。

其の人事以外にも、盧山館長という精神的に素晴らしい人間を失ってしまったという意味ででもある。

その素晴らしさを垣間見て、自分の糧にしたいと思った人には、是非ともこの本を読んでほしいです。

●この本は以下よりどうぞ!
  ↓



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私は、2015年の極真会館松井派の世界大会のリポートをネットで見たときに驚いたのである。

そこには松井章圭氏の横に増田章がいるではないか、という驚きであった。

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      増田章


周知のように、松井、増田両氏極真が分裂する前は盟友だったのだ。

とくに87年の世界大会では、総本部の指導員だった松井氏は、増田氏の所属する城西支部にまで出稽古にいって一緒にトレーニングに励んだ仲であったのだ。

しかし、95年の極真が分裂する際には、増田氏松井派とは袂をわかち、反松井派である大山派に属して、大山派の世界大会に出場したのである。

その後、その大山派の長である千弥子氏が館長を退くと、その大山派は更に分裂し、残った支部が集合して現在の新極真会の母体になり、そこから出ていった派が中心になってできた団体が現在の極真連合会になっている。

その連合会に増田氏は属し、その後その連合会からも脱退し、MBA極真会館を設立したのである。

まあよくもここまで分裂を繰り返すなと呆れてしまうが、宗教にであろうが、やくざであろうが、他の武道団体であろうが、このような分裂を繰り返して現在に至るのである。

そのことは、中根千枝の書いた『タテ社会の人間関係』に詳しいので読んでいただきたい。

※参考図書
  ↓



そのかつての盟友でさえも、自分の袂から離れて行ってしまったときの松井氏の心の中は計り知れない。

かつての盟友が離れていってしまった。

これで一度、たもとをわかった盟友とは残念ながらもう一緒になれないだろうなと思っていたところに、また両者が一緒になるとは、という驚愕の思いであった。

どのような経緯で両者が一緒になったのかは知らないが、奇異な感じを受けてならないのだ。

それのみか、またもう1人の盟友である黒澤浩樹氏が亡くなったときの葬式にも両者が参列しているし、松井派でおこなわれた城西支部の設立記念懇談会にも両者が出席している。

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一貫性がないと増田氏は揶揄されるだろうが、氏の自叙伝を読むと、彼の創造性の度合がよくわかるのである。

考えに考えた結果、自分の妥当と思われる道を採択し進むというスタンスが見て取れるのである。

ゆえに、考えに考えた結果出した答えが、この松井派との懇談なのだろう。

その氏の自叙伝である『我、武人として生きる』から、その創造性を垣間見てみたい。

「これまで、幸か不幸か大きな組織が崩壊していく有様や人間関係が崩壊していく有様を間近で見る機会があった。

推測だが、組織中堅は革新的になり、上層部は保守的になっていくようだ。

上層部は大山(倍達)先生の意に添い、組織を守る意志が働いたのであろう。

私も上層部にいれば同様に判断したかもしれない。

しかし、革新的であった中堅の人たちも立場が上になっていくにつれ保守的になっていくようだ。

私は、組織を守ろうと思えば、絶えず自己変革を意識していかなくてはならないと考えている。

実にそのとおりであり、いくつになろうが自己を戒めねばならないという私のモラルと一致するのである。


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更に続く。

私のように、自分の意見を強く持っている人間は、嫌われるのかもしれない。

しかも運悪く、私が付いた先生たちはみな、極真会館の内部では嫌われていた。

誤解のないように補足すると、その先生たちのことは好きだった。

その先生たちも私と同じように自分の意見を持っていた。」

このような内情が、大山総裁の生前にもあったとは驚きであった。

しかし、真理はついていると思う。

やはりその組織には保守的な人が少なからず存在してしまうのは致し方ないし、それでもその組織がいい方向へいっているというのならそのままでいいだろうと思う。

しかし、よくないと思われる部分があるのならば、やはり変えていくために自分が具体的な行動を起こしていかなくてはならないのはいうまでもなし、上司が言わなくても謁見でしても構わないとすら思う。

私がかつて喫茶店で働いていた時、私以外の人はいつも返事をしないし、会話もしない。

従業員同士も、お客さんとも。

これでは変な印象を持たれてしまう、と思い返事をし、お客様とも会話するようにしてきた。

しかし他の従業員たちは、そんな私を陰で非難していたようであるが、私は取り合わなかった。

こんな悪い意味での保守的な人たちに陰口をたたかれていても別に構わないとしていたのだ。

増田氏もこのような境遇になったら同じことをしただろうと思う。

しかし、水面に波を立てるような人は、やはり古今東西変な目で見られるのだ。

その波がたったことで、どのような結果になったかを検証して、よかったらそれでいいではないか、と思われてならないのだ私は。

しかし他の従業員はそうは考えなかった…まあいいだろう。

「多くの場合、その組織は時間の経過ともに疲弊し、変化する状況に対応できなくなり、やがては機能不全に陥り衰退と消滅に向かう。

伝統を継承するには、絶えず自己革新を行うシステムを持たねばならないのだ。

実に私のモラルと一致するのだ。

私は極真会館の支部長でも分支部長でもなかったから、95年の極真分裂の際に、どちらにつくかも判断のしようもなかったし、松井氏から離れていった支部長たちの事を批判も称賛もできなかった。

しかし、松井氏から離れていった増田氏もこのようなモラルであったからこそなのだろうと判断できる。

これ以上、増田氏のモラルの偉業について詳説していくと、ワードで20ページくらいになってしまうのでやめにするが(笑)、組織の栄枯盛衰の社会学的な本も当然何冊も読んできたし、それだけでなく実践を日々の生活上でしていくことの重要性を認識しているので称賛に値すると思う。

人のいうことを反対しないと気が済まない心の狭い人間でもないし、人を自分の意のままに操らないことには気が済まないサイコパスでもないのである増田氏は。

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彼が素晴らしいのは全日本大会で上位に入賞のみならず優勝し、世界大会でも最高は準優勝であったのだ。

それのみか100人組手も完遂したのだ。

これだけでもすごいのに、常に組織の良い意味での存続を考えて行動し、そのモラルを本にまで出して読んだ人を啓蒙することに務めている。

これは称賛に凄く値する事であろうと思う。

大して考えもせずに、日々単なる指導だけして、自分の沽券にかかわるからと、難しい言葉を並べて指導される人の側に立っていない人よりも全然、私は増田氏の立場を支持する。

しかし、いくら考えに考えた結果といえども、かつて反旗を翻した組織とまた一緒になるというのはどういう心の内容かなと思われてならないのだ私は。

これでは、96年の大山派の世界大会に出場した時の選手たちや、支部長たちに対する裏切りとみられても致し方ない。

その人たちの意見をきいてみたいが、それはできた話ではない。

驚いたのは、松井派と合流したのみならず、今回の世界大会の日本人選手の合宿での指導員まで務めているではないか!

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これまで松井派の日本人選手の監督は、廣重毅師範、中村誠師範が務めてきた。

しかし、松井氏の一存で盧山初雄氏が除名になり、それに廣重毅師範がついていったために、次の中村誠師範松井氏の一存で除名になり、監督の席が空いてしまったのだ。

それのみか、松井氏の人間性に呆れをきたして、脱退してしまった本部長も大勢いるのだ。

その本部長には、増田氏がかつて所属していた石川支部の支部長であった浜井識安氏もいたのだ。

しかし松井氏の人間性に呆れをきたして脱退してしまったのだ。

その詳しい内容については、以下のページにいって読んでほしい。
  ↓
極真分裂20年を振り返る
http://blog.livedoor.jp/hammerdc/archives/9474604.html


そんな魅力のなくなった組織と合流するのはどうかと思われてならないのだ。

そんなことをすれば、新極真会はもちろん、極真連合会で一緒にしてきた人たちに対する裏切りと思われてもやむを得ないだろう。

それが熟考に熟考を重ねた結果の行動であるとはとても思えない。

確かに、増田氏の支部は、松井派に組み込まれているわけでは決してない。

単なる提携というような感じだろう。

しかし、このような行動が果たして、と思われてならないのである。

創造性のある人だけになおさらである。

しかし、ここは、私は決然とした結論を出す段階ではないと思うので、この回では、増田氏の本の紹介をするだけに留めたい。

学ぶところは大いにあると思うので。

●この本は以下よりどうぞ!
  ↓



今回はこれにて終了します。

ありがとうございました。

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今回はお詫びの文章を書こうと思います。

昨年は新極真会と極真会館(松井派)の両派で世界大会が開催され、ともに日本人優勝できました。

松井派は、16年ぶりの日本人の優勝ですから、これほどうれしいことはなかったでしょう。

一方、新極真会の方は、ダークホース的な選手が入賞、あるいは勝ち上がり、危なげなく日本人選手たちも勝ち上がり、優勝者のほか3人の選手が入賞したのですから、これほどハラハラドキドキすることはまれでした。

その内容は、いかにも空手で勝つという王道の修練法を、日本人選手はもちろん海外の選手もしているからこのような接戦になり、観ているほうも感心するのですね。

しかし、松井派では4年前の全日本大会からルールを大幅に改定してしまい、それによると、足掛けで転ばして残心を取れば技あり、あるいは上段蹴りが軽くヒットした後に残心を取れば技あり、あるいは相手が後ろ回し蹴りを放つ瞬間に蹴りを出して転ばしそこで残心を取れば技あり、という実に味気ないルールになってしまったのです。

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このルール改定で行われた最初の大会をみたときに「実に味気ない、つまらない、突き蹴りで相手を倒すことを標榜してきた極真空手の理念をぶち壊すルールだ!」と思ったものです。

ですので、せっかくハードディスクに録画しても、つまらないし興味のわかない内容に成り下がってしまったので、DVD-Rに録画せずに消去しました。

そのルール改定によって日本人選手が全日本、世界大会問わず多く入賞できるようになったことは明らかでしょう。

しかしいつまでもそれが通用するのかな、という気もすることは間違いないです。

それよりも、こんなルールになってしまって、それに不平を言う支部長なりがいない、ということが私には理解不能なのです。

上のいうことには無批判になりがちなのは空手であろうと宗教であろうと構わず共通する事項ですね。

これは、長である松井章圭氏の価値観によるところが大でしょう。

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  松井章圭


かねてから松井氏は、その組織の機関紙である『ワールド空手』において、力やスピードや身体的な頑強さの向上についてはほとんど言及せず、テクニカルな組手をすることを第一に説明していました。

それでは、難しく難しい印象を与えて、生徒たちにやる気を起こさながちになり、一部の人間しか強くなれない、ゆえに全体的なベースアップがなされずじまいになってしまっていることは明白でした。

それが、これまで松井派の世界大会で日本人が勝てなくなってしまった原因でしょう。

創始者がなくなり、次の後継者の価値観が出て、その人間性や決定事項に不満を抱く人間がその組織を脱退して別の組織を作る、ということはこれまでの宗教や他の格闘技の団体でもどうように無数にあるのはこれまでの歴史をみれば明らかでしょう。

その変化は必然と知的武装をしていかないと評論など書けないのです。

しかし、それにしても松井派のルール改定はひどすぎないか?と思われてしかたないのですね。

その改定内容に不満を抱いて批判しない、それどころか、そんなルールで自分の属する選手が技ありを取ったときに驚喜にむせいでいるセコンドの人たちを見て、「こんなルールで取ったって嬉しくないだろう?」と瞬時に私は思ってしまうのですが、どうもそうではない(笑)

また昨年の松井派の世界大会のテレビ放送を見て、そんなルールによって強豪外国人選手が技ありを取られて敗退というシーンをみたら、「こんなんで技ありになっちゃうの?外人選手がかわいそうじゃん、やり直しだよ!」と私などは思ってしまうのですが、観客の日本人たちは驚喜している。

これまでのルールで、強豪の外人選手に技がクリーンヒットして技ありになったら、瞬時に空手ナショナリズムが燃え盛り「やったー!」と歓喜にむせんでしまっていたのですが、そんなルールで技ありになってしまったシーンをみても、喜ぶこともなく実に味気ないと思うだけで終わってしまいますね。

うれしくもなんともない。

要するにつまらないので、コメントする気になれずに、その映像をハードディスクから消去してしまうのですね。

こんなルールはフルコンタクト空手ではない、という思いでいますので日本人が久しぶりに優勝できたといっても全然喜べない、ゆえに祝福する気にもなれない、ということですね。

上田幹雄選手が優勝できたことを蹴落とすわけではないですが、やはりこんなルールで優勝できても面白みがないのです。

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  上田幹雄


ですから、その奮闘記や日本人選手の調子やレベルだの、その他賞賛すべきことなどは書く気になれないんですね。

ですから以前に、松井派の世界大会について論じると書きましたが、その気はまったくなくなってしまったのですね。

17世紀にキリスト教界はカトリックプロテスタントと大きく2つに分かれてしまいました。

その直後に、カトリックとプロテスタントの両派において、互いを批判する論者があらわれて論争が出来たり、批判本が出たりしたのは想像に難くないですね。

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95年の極真分裂の当初、今の新極真会の母体となった極真会館(大山派)を支持する人の数は松井派に比べて少なかったことは間違いないです。

本元から離れたあぶれ者たち…こんな雰囲気があったのは確かです。

世界大会でも、外国人選手のほとんどは、松井派の世界大会で出れなかった人たちを集めた大会でしたから、レベルの低さは一目瞭然でした。

昨今の新極真会の外人選手のレベルにまでいくには10年以上が必要でした。

しかし、話題性の低さは相変わらずで2000年前後においては、支持者が少ないために観客が少ない。

ゆえに、全日本大会を1日間の開催にしてエントリー選手を80人に減らした時期もあったくらいです。

しかし、支持する人たちが徐々に増えていって、再び全日本大会2日間で開催されるようになり、世界大会も2日間の開催でしたが昨年の世界大会の最終日は、満員の状態でした。

一方、松井派の世界大会では、最終日には観客の数で新極真会のよりもかなり少なくなっていたのがわかりました。

ついにここまで新極真会の支持者が増えたかと歓喜の思いになりました私は。


分裂から最初の世界大会において、新極真会の方にエントリーした外国人に比べて、今の方が各段にレベルアップしたということもその理由でしょう。



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これは、やはり松井派松井章圭氏の綺麗な組手第一の指導法によって難しい印象を与えてしまい、それで多くの脱落者を出してしまった。

それゆえに組織全体のベースアップが図られずじまい、それゆえの世界大会での日本人の敗北続きによる魅力の減退。

また松井章圭氏の人間的な魅力のなさへの失望(自分の元師匠や先輩を自分の一存だけで除名にする、またその除名にされた支部長の傘下の支部長たちの離脱、その松井氏による決定についての反対者の離脱etc)。

またマウスガードの購買強制や本部公認の防具購入をしない者への試合参加否認などの不条理さ。


こういったことが折り重なって松井派から離れていき、それで他の派おもに新極真会への加入者が増えていったのだと考えるのです。

中でも最大の理由は、あのルール改定ではないかと思われるのですね。

転ばしてすぐに残心を取れば技あり、上段にちょこっと当ててすぐに残心を取れば技あり、なんていうのはもう空手でも何でもないと考える人が多く出て当然でしょう。

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ましてや60年代や70年の一撃必殺を標榜した極真空手にあこがれて入門した人にとっては。

私のブログにもそのことに賛同して、コメントを書いてくれた人がいまして、嬉しくなりました。

それをみていただけたらなと思います。

Hatena Blog


最近YuTubeをみていると、松井派の支部長で、いかにうまく相手を転倒させて技ありを取るかを、実演して解説している人がありましたが、それをみて「転ばせるのが空手じゃないだろう!」と反感を持ったのが実情です。

このような変化をみて、ますます松井派が本来の空手から遠ざかっていくんだなあと哀しくなりました。

松井派に属している人で、やはり今の行き方に疑問を呈しながら、そのまま松井派に居続けるのは、そのやり方に賛同しているのと一緒です。

それに反対し、良き方向へ進んでいると思われる団体に属すことこそが、空手界にとって良き方向へ導くことになるということを覚えておいてほしいものです。

このような思いでいるので、私は松井派の世界大会についての論評はしたくないし、意味がないと思うのですね。

ですからこれからは昔の極真会館や、今の新極真会について論評をしていきたいと思っています。

今回は之にて終了いたします。

ありがとうございました。

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新極真会の昨年の世界大会において島本選手優勝し、そして彼含めて4人の日本人選手が入賞したことで、空手母国の威信が保ててよかったと思います。

しかし、その反面、リトアニアの台頭著しく、茶帯でありながら全日本大会で準優勝した山本和也選手までも食ってしまったエヴェンタス.グザウスカスに注目しました。

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山本和也 VS エヴェンタス.グザウスカス


リトアニアには彼のように接近して良し、離れて良しというオールラウンドな組手をしているのみならず、技がどれも重く、スタミナ切れもなく、打たれ強いという選手がゴロゴロいるわけです。

しかもリトアニア人は概して高身長な人がほとんどで、だれもが190センチ前後の人ばかりなのです。

王道の通りにやっていることで、こういうダークホース的な選手が突如出てくるのです。

王道の通りとは、空手で勝つための理論通りということ。

組手の器用さや綺麗さ、華麗さといったものは二の次、三の次でいいんです。

それよりも、体力を全体的に高めて、攻撃力を高め、打たれ強く、そしてスタミナを高めればそれでいいのです。

このようにシンプルに考えさす情報を指導する立場の人が出すことで、いろんな多くの人が
「自分でもできるんだ!」という楽観的な見通しが持てて稽古に励み、トレーニングにいそしむようになる。

そのことで全体的なベースアップがなされるのです。

1部の人しか強くなれない、というような情報が流布されていては、1部の人しか稽古やトレーニングに励まないゆえに、全体的なベースアップなど望めないのです。

リトアニア人は、概して身長が高く190センチ前後の人ばかりです。

それでいて基礎体力も高い。

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 リトアニア選手団


身体能力も高いのは、新極真会のヨーロッパ大会のビデオを見れば一目瞭然です。

こんな人たちばかりでは、もう日本は危ういですね。

発破をかけなくてはいけない。

ただ新極真会で流布されている指導情報というのは、日本であろうが海外であろうが、だれもが自分でも強くなれる、という楽観的な代物であるために、やはりダークホース的な選手がいきなり台頭してくることが多々あるのですね。

例えば、19歳のポウリウス.ジマンタス(リトアニア)は、世界大会前は前評判が高く、潜在能力はアンディ.フグ以上と緑代表がアナウンスしていたくらいですが、いざ大会が始まると、イリヤ.ヤコブレフ(カザフスタン)に接戦の末負けてしまいました。

それのみか、ヤコブレフ選手はロシア最強のナザール.ナシロフ選手まで食ってしまいました。

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イリヤ.ヤコブレフ

そのヤコブレフ選手は、もう全盛期を終えていたヴァレリー.ディミトロフ選手に敗れました。

このように順当に勝ち上がるように思われていた人が途中敗退したり、ダークホース的な選手が出てくるのが、世界大会の面白みの1つなのですね。

それはひとえに、だれもが楽観的な思いを抱いて稽古にトレーニングに励んでいるからにほかなりません。

自分はいくらやってもダメなんだ、という悲観的な思いしか抱けないところでは、こういう現象が起こるはずはないのです。

自己満足な稽古をしてないか、ということは空手をしていれば、必ず戒めることとして言われることです。

しかし、それと同じように「自己満足な指導をしていないか?」ということも指導者は戒めないとだめですね。


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ずっと維持しなければならないことはなにか。

出来なかったときだけ注意して、できるようになったら褒めることを怠ってはいないか。

傍らでみている人にしかわからないことをきちっと指摘してあげているか。

枝葉末節てきなことを最重要に思われるように教えていないか。


こういったことは常に心に留めないといけないことなのですね。

ですから、独りよがりの稽古内容もさることながら独りよがりの指導法は更に戒めないといけないことだと私は思います。

今回の新極真会の世界大会をみてそんなことを考えてしまいました。

今回はこれにて終了します。

●弊社発行の空手の冊子は以下です。

よろしければ覗いてくださいませ。
  ↓
http://karatemen.grupo.jp/index

では失礼いたします。

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前回の続きをしましょう。

リトアニアエヴェンタス.グザウスカス選手は、3年前の世界ウェイト制大会の準々決勝において、現役世界王者島本選手を相手に本戦から押して、予期せぬ間合いからの上段蹴りを見せたりして警戒させ、攻撃力が強く手数が多かったため、相手の息を切らせるほどの健闘ぶりを見せながら、延長2回で惜しくも敗れたということを話しました。

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  エヴェンタス VS 島本


しかし、彼の凄さはそれだけではなかったですね。

ヨーロッパ大会のビデオを見ると、その強さがわかりました。

接近戦のみならず、遠い距離からぐんと速い突きがボディに襲ってくる。

回し蹴りのみならず、いろんな上段もどんな距離でも出せる。

膝蹴りもだせる。

接近戦に持ち込むと肩への肘打ちをかます。


要するにオールラウンドプレイヤーなのですね。

離れてよし、接近してよしという盤石さを備えていたのですね。

僅差判定というのはほとんどなく、攻撃力の高さゆえに、相手が完全に疲弊しているのが素人でもわかるほどです。


ゆえにあの島本選手を世界ウェイト制においてあそこまで追い込んだのですね。

こういう強さは、彼だけでなく他のリトアニアの選手の多くが備えていることなのですね。

だから警戒が必要です。

それで彼の真価が問われたのは5回戦でした。

相手は前年の全日本大会で準優勝した山本和也選手

やはりこの実績をみれば、山本選手が勝つのではないか、と思われた試合でした。

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  山本和也


山本選手は自身が勝つセオリーがわかっていたようで、蹴りのすぐ後に、鉤打ちをするのですね。

これで相手のスタミナを奪うという作戦でいたのでしょう。

その技で一本勝ちしたこともありましたね彼は。

しかし、エヴェンタス選手はひるまず、果敢に打ち合いに臨み、決して退かない。

やはりどちらも突き蹴り両方がパワフルでさすが、と思わざるをえなかったですね。

時折、膝蹴りを上段にかまして警戒させる、一進一退のいい試合でした。

エヴェンタス選手の得意とするところは、突きからの膝蹴りの連打ですね。

相手が、スタミナ切れしかかっているところで、果敢にそれをされたらスタミナトレーニング不足の選手ならひるんで負けてしまいますが、やはり全日本大会準優勝山本選手ゆえに、打ち合いに臨み、本戦引き分け。

そこで山本選手は負けじと、上段蹴りをぶちかまします。

相手がそんな強豪でしかも延長戦において、スタミナが減っているときにそんな芸当ができるなんて…かなりハードな練習してきたな、と思わせるに十分でした。

そして果敢に打ち合いに持ち込む。

一瞬エヴェンタス選手がひるんだので、山本選手の勝ちか?と思われましたが、そこからが彼の真骨頂。

スタミナ切れの状態でも、力を振り絞って付きからの膝蹴り連打をかますと、山本選手は押し返すことができないまま延長戦終了。

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  山本 VS エヴェンタス


エヴェンタス選手の圧勝になりました。

ここまでやるか茶帯なのに!と誰もが驚嘆したでしょう、全日本大会準優勝者を初出場選手が倒してしまうのですから。

しかし、そのことの代償が大きかったのは明白でした。

やはり足に多大なダメージをおってしまったのでしょう。

次の準々決勝では、外国人最右翼のマシエ.マズール選手と対戦し、本戦で一本負けを喫するのです。

この試合では、中段突きの一本負けということになっていますが、試合のビデオを見るとわかるように、中段突きの前に当たった下段蹴りが後を引いて中段突きが刺さったときに倒れたので中段突きということになっていますが、蹴りが効いてしまったのでしょう。

足を押さえてうずくまっているのがわかります。

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 エヴェンタス VS マシエ


しかし、周知のようにこの大会では島本選手優勝します。

その2年前には彼が勝っていると思われてもおかしくないほどの健闘ぶりをしていた。

それなのに、差が出てしまっていたのですね。

その差を埋めるべく彼はとことん修練を積んで、次の世界ウェイト制、あるいは世界大会に臨んでくるでしょう。

のみならず、リトアニアには彼のように接近して良し、離れて良しというオールラウンドな組手をしているのみならず、技がどれも重く、スタミナ切れもなく、打たれ強いという選手がゴロゴロいるわけです。

しかもリトアニア人は概して高身長な人がほとんどで、だれもが190センチ前後の人ばかりなのです。


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 リトアニア選手団(新極真会)


これは警戒しなくてはなりません。

次の世界大会を制するのはリトアニアかもしれません。

ここでまた、大山総裁の言葉を引用しましょう。

館
  大山総裁


「次の世界大会を制するのは間違いなく旧ソ連。日本は絶対に無理だよ!」

リトアニアも旧ソ連の1つでした。

経済があまりうまくいっていない国の民は、めげない選手が多いのですね。

精神的にかなり強い。


しかし、日本は豊かだからハングリー精神がない、とは言い切れないですね。

そういう人もいることはいますが、それだけで一般化はしてみるべきではないのです。

空手母国を守る、という使命感に燃えたときのナショナリズムはどこの国も持つことはできないのです。

逆に豊かだからこそ、その恩恵に浴して、いろんな食物を食べ、いろんなサプリをとることで、強くなれるのです。

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貧しすぎていてはその恩恵に浴すことはできないですから、其のプラス点については大いに享受すべきでしょうし、大いに感謝すべきでしょう。

卑下すべきではないのです。

その良さを生かして、次の世界大会において、日本人選手へ期待をしているのです私は。

今回は之にて終了いたします。

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ありがとうございました。

失礼いたします。

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